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若手研究者問題を考える

シンポジウムやります。 

現在研究の世界は壊滅的な状況にあります。理系も文系もこのままでは、研究職自体が荒廃し、研究者の再生産はおぼつきません。 

研究の世界が没落すれば、当然、産業界も成り立ちません。現在は過去の遺産で凌いでいますが、10年後には確実に日本は没落します。 

入場無料ですので、興味のある方は是非ご来場ください。 
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Univers Zero来日!! [フランス音楽事情(MAGMA、ZAO等を中心に)]

ベルギーから、チェンバーロックの雄、Univers Zeroが来日する。


一応、ロックだがバスーンやヴァイオリンなどがリードを取るという異色のロックバンドである。

高校時代、その変拍子と不協和音にとにかく圧倒され、それ以来、熱狂的なファンになった。

Magmaを始め、GongのBenoit MoerlenあるいはRichard Pinhasなど、高校時代から憧れたミュージシャンは殆ど知り合いになった。締めはUnivers Zeroかと思うと、ちょっと感慨深い!!!

『光源氏になってはいけない』を読んで [文学について]

http://www.amazon.co.jp/gp/product/483341984X/ref=s

 助川幸逸郎氏『光源氏になってはいけない』読了。

面白い。氏は豊穣な学識を誇りながら、誰にでも分かりやすく日本を代表する物語文学を解説している。私にはこのような万人に向けた本を書くことは到底不可能である。私の心の中にはどす黒くも激しい嫉妬の感情が芽生えてきた。従って、悪口を書こうと思う。

 私は、源氏物語を原文で読んだことがある。高3の時の古文の教材だったのだ。一年を通して源氏物語を講読した。もちろん、部分的でしかないが。で、改めて思う、今後、源氏物語を読むことはおそらくないであろう、と。やはり源氏物語は好きではない。つまりこの助川氏の本が面白いは、助川氏が面白いのであって、決して源氏物語のおかげでないということだ。

 

 助川氏の文学研究者としての才能は、おそらく氏が得意としておられる手相占いに通じているように思う。氏の解釈は、まるで氏の占いを聞いているかのように面白いとも言える。

 その長所はとにかく面白い、ということ。その欠点はその解釈が説得的ではあるが果たして本当にそうだか分からない、ということ。果たしてその解釈が正しいかどうかは別として、読んでいてついつい引き込まれてしまう、それほどまでに面白い。まさに助川氏の才能は、源氏物語にせよ、野球にせよ、相撲にせよ、何らかの題材を基に面白いストーリーを立ち上げることにある。ただ、面白いのと、正しいのは必ずしも一致するわけではないこと問題だ。

 対して、私とは言えば、文学研究者ではあるが、そのようなストーリーを立ち上げる能力がほとんどない。というか、そのようなストーリーを紡ぐことに全く興味がない。私には、ストーリーを語ることだけが文学研究だとは思えない。


リシャール・ピナス(Richard Pinhas) がまた来るらしい [フランス音楽事情(MAGMA、ZAO等を中心に)]

http://tinymsg.appspot.com/vIj

リシャール・ピナスも日本に来るようになって、リオタールやドゥルーズとの関係もだんだんと明らかになってきた。

僕がピナス(HELDON)を聞き始めたのは高校2年の時だったと思う。その時は、フランス哲学なんて全く興味がなかった。

その後、現代思想にかぶれ、大学のフランス文学科に入ると、そこではドゥルーズは現代哲学の巨人としてビックネームだった。

その時になって、「え、ピナスってドゥルーズの弟子なの!」という情報が音楽関係者からは入ってきたものの、周りの仏文関係者はピナスのことなんざ、全く知らなかった。

「ドゥルーズのもとで博論を書いた」らしい、と音楽関係者からは話を聞いていたが、ドゥルーズ好きを語る日本の大学の先生方もピナスのことは知らなかったし、彼の博論のことも知らなかった。

ギタリストとしてのピナスは僕にとって実在していたが、果たして哲学者ピナスなんてものが実在するのか半信半疑だった。

だが、ピナスが来日した機会に話を聞いてみると、正確には彼の第3課程博士論文の指導教官はリオタールだったのこと。おいおい、リオタールもビックネームだよ!

ドゥルーズはただの友達だったらしい。

というわけで、だんだんとピナスの哲学関係の事情も明らかになってきた。

ところで、去年のこと、キャプテントリップのケンさんから電話がかかってきて「ピナスの友達だっていうフランス人が遊びにきているのですが、僕はフランス語が話せないので、来ませんか」と誘われた。行ってみると、そのうちの一人が経済学者とかいう話。

そして、去年の暮れのこと、そのフランス人経済学者からメールがあって、「日本の社会保障制度についての特集号を作る予定なんだけど、論文書かないか」とのこと。快諾したのは良いものの、今、四苦八苦してフランス語の文章を書いている。

何だか分けの分からない広がりを見せているなぁ。

しかし、僕の専門は何だったのだろう?? 一応、マラルメ研究者の筈なのだが!!

ライブのお知らせ [フランス音楽事情(MAGMA、ZAO等を中心に)]

友達のブルターニュ人(フランスの西の果、ケルト系)が来日して、ライブをします。 


バンドネオンとアコーディオン弾きです。

皆さん、よろしゅうに 

http://www.philippeollivier.com/ 


間抜けなソットの幸せな一生 22 [物語]

 

 ソットは歩く。今のところ順調だ。とにかく今日は早起きが出来た。ソットは歩き続ける。とにかく今日中に山を越えたい。夏の午前中は、それほど気温が上がらず、歩くのには具合が良い。涼しいうちになるべく稼いでおきたい、と思う。太陽は次第に高くなるが、ソットの周りの空気は肌を刺すくらいに冷たい感じがする。しかし午前中の涼しさは、午後の特に夕方のしつこく気怠い暑さの裏返しでもある。朝がさわやかなだけに、ソットは午後の西日を思いぞっとする。

 懸命に歩いたので、3つ目の街には予想していたより早く着いた。ここでソットは迷う。この街で昼飯は早すぎるし、もともと朝発つ前に買ったパンとチーズをどこかの木陰で食べるつもりだったので、もとよりここで食事にするつまりはないのだが、この街を過ぎるともう国境を越えるまで何かを買うような場所はないかもしれない、と思うのだ。とにかく水は買っておかなければならないだろう。パンは...夕方になってお腹がすいたら、とは思うが、実はお金があまり残っていないのだ。そのことが気になって仕方がない。まぁ、どっちにしても今日中に越えられなければならないのだから、と道端の蛇口で水筒を一杯にし、更に水を買って先を急ぐことにする。

 「あぁ、あっち側に行くのかい?」と雑貨屋のオヤジが話しかけてくる。「一本道だって聞いた来たろ、西に向かって一直線だって。でも、その道は今は使えないよ。一昨日山のあっち側で戦闘があって、西にまっすぐ行くルートは使えなくなったらしい。一回南に迂回してもう1つの道から山を越えるしかないよ。なぁに、ちょっと回り道にはなるが、今から急げば何とか行けるんじゃないかな。何も今日中に行けなくとも、南の道を行けばもう1つ小さな街があるから、そこで泊まって、明日にでも越えれば良いよ。国境は逃げやしないさ。」

 アクシデントはつきものだ。しかし、意外だな、と思う。ソットはこの3日の間軍隊を見ていない。山の向こう側で戦闘した部隊はどこを通ってあの山のところまで行ったのか? どうやら今日中に国境が越えられるか怪しくなって来たけれど、いずれにせよ前に進むしかないことは確かだった。もうホテルに一泊するだけのお金は持っていないから、最悪、夜通し歩いて国境を越えよう、と覚悟を決める。

 昼飯は歩きながらとった。周りの風景などほとんど目に入らない。時々右手の白い山を睨みつつ、黙々と歩く。街を出てからやがて正面にやってきた太陽は、どんどんと右に向かって降りてくる。これからが大変だ。西日はこれからどんどんキツくなるだろう。昨日は頭痛を言い訳に早めに切り上げたが、今日はそういう訳にはいかない。昨日のようにちんたらしていたらダメだ、と自分に言い聞かせる。ここが正念場だと。

 汗をかいては水を飲み、水を飲んでは汗をかいて歩き続ける。流石に足取りは重くなる。と、水を全部飲んでしまったことに気がついた。あと街までどのくらいの距離があるのかまったく分からない。とにかく歩き続けるしかないだろう。右手をかざしてみる。あの太陽さえ隠れてくれれば楽なのだが、空には雲一つない。太陽が低くなればなるほど日差しがキツくなるような感じがするのは何故なのだろうか? そんなことを考えている時に、太陽が山の陰に入った。

 前方に街が見えてきた。

 街で水を買って、とにかく先を急ぐことにする。お金が尽きた以上、街に留まる理由はない。早く山を越えたい。そう思いながら街を出た瞬間、少しばかり後悔した。日陰に入って急に肌寒くなってきたし、お腹がとてもすいていることに気がついたのだ。

 小さな岡を越えると、小屋があった。おいしそうな匂いはそこから流れてきているのだった。ハンバーガーを売っている店だった。ポテトを揚げる匂いと肉を焼く匂いと、それからスパイスの匂いが鼻に飛び込んでくる。ソットはもうたまらなかった。ここ数日パンとチーズと水だけで、暖かいものは口にしていなかった。ただでさえ歩き通しで、しかも今日は午後の長い時間西日に炙られて、汗はかいたし、疲れているし、喉はからからだし。ポケットの中に手を突っ込んで、一番安いメニューの値段を確かめてみると、ぎりぎりで足りる。これを食べてしまえば、文無しだけど、これをエネルギーにして、今晩国境を越えれば、もうそこはソットの民族の土地だ。難民申請をすれば、何とかなるだろう。

 ソットはふらふらっと店に入り、ハンバーガーを注文していた。

 「あっち側に行くつもりなのかい?これから」と店のオヤジさんが聞いてくる。「だったら、もうやめた方が良いよ、今晩は」突然のことでソットはしどろもどろになる。「まぁ、事情があるのは分かるけれどね、みんなそれぞれ事情があるものだから」オヤジさんの話し方は妙に淡々としている。ソットの反応を計りつつ、結局はソットの事情なんか無視するような言い方だ。

 ソットは彼に背を向けるようにテーブルについた。「まぁ、これでも食べろ」それでも話しかけてくる。一人の若者がパンに肉とレタスとトマトとそれから一杯のポテトフライが詰まったバーガーと飲み物を持ってくる。うまい、と思う。「あのな」背中から声が降ってくる。「前は、国境越えたところに街があったんだけどな、戦闘があって、破壊されて、もぬけの殻だ」そこで声は止まる。

 ソットは油がジュウジュウいっているポテトを甘い炭酸水で流し込む。そしてまたバーカーをかぶりつくと、トマトの冷たい果肉が歯に当たり、次の瞬間熱い肉汁が下の上に広がる。とにかくすべてはこのバーガー食べ終えてからだ。むさぼるようにバーガーをたいらげて、最後に残った炭酸水を一気にあおる。ようやくひと心地着いた気がする。やはり人間は暖かい食べ物が大切だな、と思う。でも長居は無用だ、とソットは思い、席を立ち、ポケットの中の小銭をまさぐる。

 「お代を」確か、ギリギリあった筈だ。

 オヤジさんがまたゆっくりとした口調で話し始める。「国境を越えても、何もないぞ。草原が広がってる。夜に山を越えるだけでも大変なのに、越えたところで、次の街があるのは草原の向こうだ。まだまだ歩かなきゃいけないぞ。地雷だってあるかも知れない。そんな中を暗闇の中歩くのは大変だ。」「でも、他に行くところもないですから。」しばらくの沈黙のあとで「これ、偽金な。受けとれない」とソットがカウンターの上に並べた硬貨のうち、一番大きなやつを人差し指でソットの方に押し戻す。あぁ、こいつはパンとチーズを買った時、お札を出してお釣りとしてもらった中に入っていたヤツに違いない、それとも水を買ったときだろうか? でも、どうすれば...ソットはしばし途方に暮れる。

 「ご免なさい、これが有り金全部なんです。ご免なさい。どうもすいません。」もう、どうにでもなれと思う。どうせ、お金も尽きたし、知り合いも家族もいない。警察に捕まるなら、もう、それはそれで仕方がない。

 「お前さん、身寄りは?」「いません。妹がいたんですが、はぐれちゃって、今は生きているかどうかも...」ちょっと間が空いて、相変わらず淡々と言葉を継ぐ。「なぁ、ここで住み込みで働かないか?」まったく予想していなかった申し出だ。ソットは言葉を失う。「どうせ、国境越えても誰も頼るヤツなんかいやしないんだろ。だったら、ここにいろよ。確かにここは君から見れば敵方の民族の土地だ。でも、ここは街中じゃない。ここで暮らして、名前さえ名乗らなければ、君の素性がバレることもない。」ソットは呆然と立ち尽くす。正直、何と答えて良いか分からない。「おい」オヤジさんがソットの頭越しに声をかける。「面倒をみてやれな」ソットは何とか声を振り絞る。「ありがとう御座います」そしてしばらく頭を下げたまま、じっとしていた。

 「オレのことはキンと呼んでくれ」さっき、ソットにバーガーを持って来た若者が声をかけてくる。キンとは第三の民族の言葉でアニキの意味だ。確かに、ソットより年上だろう。「詳しいことは、また、明日だ。今日はもう寝ろ。疲れてんだろ」オヤジさんはそう言って、奥へ引っ込んでいった。

 


久々の文学論

最近、いろいろな仕事の依頼(決して儲かるわけではない、というか逆に持ち出しの仕事も多い)があるが、その中でも珍しい本業(の筈)の文学の領域の仕事である。 

http://www.press.tokai.ac.jp/webtokai/sisyphus_09.pdf 

ご笑覧あれ

間抜けなソットの幸せな一生 21 [物語]

 翌朝、ソットが目を覚ますと、既に日は高く昇っていた。しまった!寝すぎた!!とは思うものの、仕方がないよ、頭が痛かっただから、とも思う。父さんが言っていた、怪我には気を付けろ!と。予想以上に体力を奪うものだから、と。まだ、元気なうちは良いんだよ、気力で何とか乗り切れるからさ、でも、体の痛みってやつは急激に体力を奪うんだ、で、体力がなくなってくると気力もへったくれもなくなってくる、そうすると一気にばてちゃって仕事が全く進まなくなる、気力で何とかなるのは体力のあるうちさ、だから、極力怪我はしないように気をつけなきゃいけない、そう父さんは教えてくれた。

 そうさ、と、ソットは割り切る事にする。そして昨日の晩の食べ残しのパンを食べ、水筒に水を一杯に入れてホテルを後にする。

 ホテルの前の雑貨屋で昨日と同じパンとチーズを買う。おそらく隣の街まで食べ物を買えるようなところはないだろう。昨日、雑貨屋の主人に聞いたところによると、今日朝早く発てば、次の街を越えて、何とか晩までには3つ目の街まで行けるだろうとのことだった。で、この街から次の街までは何もない、と。もしかしたらこの店でパンを買わせるための嘘なのかも知れないが、それはそれで良いじゃないか、とソットは思う。どうせ昼飯は食べなければならないし、用心に越したことはない。この状況で、ご飯を食べ損なうのは危険だ。雑貨屋は、「気をつけて。あなたの幸せを祈っています」と言って送り出してくれた。

 日が高くなっているのを見て、今日中に3つ目の街まで行けるかどうかは分からないな、と思う。もし今日中に3つ目の街まで行ければ、明日はまる一日国境の山越えに使えることになる。いずれにせよ、行けるところまで行くしかないのだ。今まできた道は、決して引き返すことの出来ない道だ。同胞の難民キャンプでどの程度の歓迎をされるかは定かではないが、少なくとも受入れてはくれるだろう。引き返したところで、そこでは誰も受入れてはくれないのだ。

 案の定、何もなかった。ただひたすら平原で、道がまっすぐ続いている。あぁ、山登りの方がよっぽど楽なのに、とさえ思う。平地でも単調な道は本当に疲れるのだ。たださえ、後頭部の痛みは完全には消えていない。ソットはもう開き直って、ゆっくり行くことにした。どうせ焦っても何も出来ないし、どうせならもうあまりいろいろなことを心配したくはないのだ。

 お腹がすいたので、座ってパンを齧ることにする。お腹が一杯になると草の上にごろんと寝転んだ。するとソットの目に青空と雲の白が飛び込んでくる。ソットはハッとする。それは数ヶ月ぶりに見る見慣れた景色だった。延々と続く草原と向うに見える白い山、そんな景色はソットの住んでいた地域ではお目にかかれなかった。どこに行っても、何を食べても、あの故郷の景色がソットの脳裏から離れなかった。もう二度とあそこには戻れないと思うと、堪らない気持ちになるので、ソットはなるべく考えないようにしていた。でも、目の前に広がる空は故郷のものと変らない。空だけはどこに行っても変らないのだな、と当たり前のことを考えて、ソットの目からは涙が一筋こぼれ落ちた。

 街についた時には、すっかり日が暮れていた。今日中に3つ目の街どころではない。頭痛のせい、頭痛のせい、ソットは自分で自分を慰める。閉店間際の店に飛び込み、パンとチーズを買う。そして安宿を探してさっさと投宿した。明日こそ、早起きして早々に3つ目の街を突破し、国境越えの登山を制覇したい、そうソットは心を決める。

 


間抜けなソットの幸せな一生 20 [物語]

 下りは意外に疲れるものなのだ。上りが続く時は、下り坂にさしかかるとほっとするものだが、ずっと下り坂が続くのは正直しんどい。膝ががくがくするし、なんだか同じ筋肉しか使っていない気がして気持ちまでだるくなる。更に、足を地面に着いた時の振動が、踵から後頭部に響いて来るのだから、疲れは痛みと相まって加速度的にのそっとのしかかってくる。小休止を取ったところで、水筒の水が切れているという事実を思い知らされるだけなので、余計疲れる気がするのだ。だからソットは休憩も取らず一心不乱に歩き続ける。頭の痛いのはとれないが、なんだか痛みを感じる感覚も麻痺して来た気がして、正直、危険かな、と思う。深い傷をおった時、痛みがしなくなるのは末期的症状だから気をつけないといけない、と昔父さんから教わったことをふと思い出す。だから、本当は、歩くのをやめて休まないといけないのかも知れないのだが、とにかくソットは早く水が飲みたくて、どんどんと歩いていく。

 だんだんと草木の背丈が高くなっていく。岡の上の方は、地面にへばりつくように生えている緑しかなかったのに、やがて膝くらいまでの茂みになったかと思うと、今では頭の高さの木も珍しくない。それまでは遠くの方に見えていた次の街が、茂みの中に完全に隠れ、もうあとどのくらい歩けば良いのか分からなくなった。ただ、段々と近づいてきているのは明らかだ。

 と、鬱蒼とした茂みを抜けた時だった。ソットの背丈をはるかに越える木々の茂みを抜けて、角を曲がると、道の向うに街が見えてきた。ソットはとにかくほっとして歩みを早める。そう言えば、いつの間にか、下り坂は平坦な道に変っている。

 ちょうど良い具合に、街の入り口に屋台があって、飲み物やら軽食を売っている。とりあえず水、と思う。少々高いが、とにかく早く水を飲みたい。あいにくポケットの小銭では足りなくて、紙幣を出して、お釣りを貰うことにする。残りのお金を考えると紙幣を出すのには勇気がいるが、少しでも早く水を口にしたいという欲望には逆らえない。

 水を飲み一息つくと、急に頭痛のことを思い出した。あたりを見回し急いでベンチを探す。うろうろ歩き回ってやっとのことで見つけると、そこにへたり込んだ。次の街まではそれほど遠くはないが、今日は限界だと思った。それに日も暮れかけている。今日はこの街に一泊しよう。ソットはそう決めて、ベンチに横になった。

 「もし、あなた」ソットがうとうとしかかった時、声がする。急いで起き上がり、寝ぼけた眼で必死にあたりを見回すと、男がいる。「ここで寝るのはやめた方が良いと思うんですが...」ソットが答える間もなく、男はソットの隣に滑り込み、ソットの寝ぼけた頭に合わせるようにゆっくりと続ける。「最近、旅人が増えましてね、鉄道がこの先で閉鎖されたせいなんですね。交通網が止まっちまったんた、でも、やはりあちらの地域との行ったり来たりは必要なんでしょうなぁ。この街を通るんですよ、たくさんの人がね。この道がなんだか主要幹線になったみたいで。で、このへんぴな街にたくさんの人が来るようになった。この街の人間は慣れていないんですよ、よそ者が自分の街に溢れかえっている状態に。閉鎖的なんですよ、この街の人間は。騒がしくなったとか、汚くなったとか、何かと旅人を悪く言って、目の敵にする。でだ、このベンチで夜を明かそうと思っているなら、やめなさい。夜中に何をされるか分からない。」

 寝ぼけ眼のソットでも、要するに、ここで寝るな、と言われているのは分かった。身ぐるみはがれるほどの金は持ち合わせていないが、まったくないとなると、食事に困ってしまう。何よりも殴られて、怪我するのは堪らない。

 男は続ける。「安くても、どこかホテルに泊まってくれると助かるんですが」

 「でも、あなたは何故僕にそんなことを言ってくれるんですか?」

 「私はね、旅人が増えたのを歓迎している側だからね。うちは店をやっているんだ。人の行き来が増えて売り上げが上がったからね。私としては、この街が旅人に冷たい街とか噂が立つと、まぁ、悲しいんだよね。」

 「どこか安いホテルご存知ですか?」とソットは聞いてみる。

 「まぁ、どこも似たり寄ったりだけど、この通り沿いは若干高めかな。あそこ見えるかな? 薬屋の看板があるでしょう。あそこの角を曲がったあたりに割と安いホテルが幾つかあるよ。」

 「ありがとう御座いました。」

 ソットはとにかく今日のところは早く休みたかった。金はそれほど残っているほどではなかったが、今日ホテルに泊まって、何か食べ物を買うくらいはあるだろう。とりあえず礼を言って、ソットはベンチを立った。

 教えてもらった通り、薬局の看板の角を曲がると、確かにホテルはあったが、幾つもではなく一つしかなかった。とりあえず、表の料金表を見ると、確かに良心的である。これなら一泊くらいなんとかなる、とソットは思った。後1日で何とか国境を越えなければ、とも。

 とりあえず、一泊分のお金を払い、部屋に案内してもらうと、やはり何か食べなきゃな、と思う。疲れたまま何も食べずに寝ると次の日の体力が心配だ。とにかく歩かなければならないのだから。ホテルの人に聞くと、すぐ前に雑貨屋さんがあると言う。パンとチーズでも買って、お腹に入れておこうと思う。

 店に入ると、さっきの男がいる。こちらを見て「いらっしゃい」と言いながら、にやっと笑う。あぁ、セールスだったかのか、と独りごちる。あのホテルにソットを泊まらせ、この店に、招き入れるための...そう思いかけて、ソットは首を振る。やめよう、さんざんな目にあって、疑い深くなっているのだ。だいたいあそこのベンチで寝込んで襲われた時のことを考えれば、やはり危険は避けた方が良いと思い直す。それにホテルの料金だって割と安い方だ。頭痛に悩まされているソットにとって、これがベストの選択だし、他に方法はなかったのだ。

 パンとチーズを手にとって、レジに置く。そうだ、水も!と思って、タナに手をやりながら、はたと思う、水はホテルの水道にしよう、と。無駄遣いが出来る身分ではない。と、タナに並んでいる水の値段を見て、ギョッとする。さっき村の入り口で買った同じボトルが5分の一の値段で置いてある。あの出店は、旅人が山から下りて疲れ切っているのを見越して、ぼったくっていたのだ。それを思うと、急に、この店のオヤジがとても良心的に見えてきた。ソットは疲れ切った表情ながら、何とか笑みを浮かべ、一言お礼を言って店を出た。


間抜けなソットの幸せな一生 19 [物語]

 一番近い州境は西だが、駅員は北東に行くことを勧めてくれた。

 「西に行けば、すぐに国境は越えられるんだけどな、そこは平原でな、越えてからが大変だ。一番近くの町に行くのにも5日はかかる。昔は鉄道があったんだけど、今は止まっちまっていてな、この駅が終点だ。その点、北東に行けば、2日から3日かかるけど州境を越えるとすぐ町がある。ただ、問題は山岳地帯でな、山を降りればすぐそこは町なんだけど、その前に山を越えなければならない。」

 「山ってそんなにキツいんですか?」

 「それほど高くはないらしいんだが、道がどうもくねくねしていて面倒らしい...」

 「らしいって?」

 「オレは行ったことないから...ただ、人の行き来は多いよ。だって、ここいらは戦闘地域からちょっとはずれているだろ。鉄道は流石に止まったけど、まぁ、いろいろ行ったり来たりする必要はあって、だから、みんなこの道を使うのよ。」

 「はぁ...」

 「でな、この道を行くには3つ町を通らなけりゃならない。ほれ、ここに町の名前をメモしておいた。これ以外の町に着いたら、道を間違えたと思って、人に聞くんだな。」ここいらは割と第3の民族の勢力が強い。地名も第3の民族の言葉に因んだものが多く、ソットたちの民族や第2の民族の人々には少し覚えづらい。

 「ありがとう御座います。でも...」

 「何だい?」

 「どうしてあなたはそんなに親切にしてくれるんですか?」

 「まぁオレは、役人だから。公共サービスがオレの仕事だろ。オレは別に君の民族が憎いわけじゃないし、個人的に君に怨みがあるわけでなし。君がここに住んで面倒を起こさない限りはね...それにここは暇でな。」

 親切は嬉しいが、ソットはどうもこの男が好きになれなかった。

 「どうもありがとう御座いました。」

 「まぁ、待ちな、その水筒に水を入れてやろう。」

 「あ、どうも」

 「どうだい、頭が痛いだろ。睡眠薬を飲まされたんだから当たり前さ。で、治すには水をがぶがぶ飲んで、ションベンで薬を流しちまうしかない。まぁ、幸運を祈っているよ。」

 ソットはそこそこにお礼を言って、駅舎を後にした。とりあえず、持ち物は水筒だけだ。それと、ポケットの中の小銭と靴下に挟んだお金は無事だった。しかし、泣いても笑っても、ソットの財産はもうそれだけだ。贅沢はできない。贅沢どころか、おそらく、あと3日もつかどうか? 州境を越えれば...州境を越えさえすれば、難民キャンプがある筈だ、とソットは必死で呟く。ソットは今まで「敵方」の民族の難民キャンプしか見たことはなかったが、そこでは命からがら逃げて来た人々が収容され、とりあえずの衣食住は与えられていた。多国籍軍の介入以降ソットたちの民族は劣勢だが、それでもソットたちの民族はこの地域で一番お金を持っていることも確かだった。今はそこに行くことしか考えられない。

 例の駅員によれば、とにかく西に行けば良いとのことだった。駅の前の街道を西に行き、後は一本道だと。街道と言っても、車がぎりぎりですれ違うことの出来る程度のものだ。で、この街を出て最初の岡を越えれば、白い山が見えてくる。後はその白い山を目指して行けば、多少道に迷っても何とか辿り着けるだろう、とのことだった。

 その山のことは聞いたことがある。二つの民族の境界の山として国中で知られていた。

 昔話では、鬼が棲む山、と言われていたり、山中で旅人が茶屋に入ると薬で眠らされ金品を奪われ肉は喰われてしまう、という言い伝えが残っていたりする。でも、そんな話は父さんから聞いたものだった。学校では、この山は平和のシンボルとして教えられていたのだ。実際、学校には国民的芸術家が描いた絵がそこら中に飾ってあった。父さんはよく言っていたものだ。

 「とにかく悪いイメージを消したかったんだな。で、二つの民族の間にあって、互いが互いに恐れていた、そんな時代の産物だから。とにかく悪いイメージの上に友愛のメッセージを塗りたくって、国家統一のシンボルにしたかったんだろうよ。オレは、悪いことはじゃないと思う。」

 岡を登ると、白い山肌が見えた。これがそうか、ソットは1人呟く。感慨に耽りつつも、後頭部の鈍い痛みがすぐにソットを現実に引き戻す。それほど高い岡でもないのに、ソットはヘトヘトだった。水筒の残った水を一気に飲み干す。体のどこかに痛みを抱えていると、すぐに疲れてしまうものだな、と思う。「睡眠薬飲まされたんだから...」とさっきの駅員の声が頭の中にガンガン響く。それほど水をぶがぶ飲んだつもりはなかったが、水筒はもう空だった。どこか泉でも、と思ったのだが、ここは乾燥した土地だと聞いたことがある。結局、小川の一つにも出くわさなかった。これで下りは水なしか、とソットは呟く。早く次の街に行かないとたまらないな、と思う。


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