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間抜けなソットの幸せな一生 22 [物語]

 

 ソットは歩く。今のところ順調だ。とにかく今日は早起きが出来た。ソットは歩き続ける。とにかく今日中に山を越えたい。夏の午前中は、それほど気温が上がらず、歩くのには具合が良い。涼しいうちになるべく稼いでおきたい、と思う。太陽は次第に高くなるが、ソットの周りの空気は肌を刺すくらいに冷たい感じがする。しかし午前中の涼しさは、午後の特に夕方のしつこく気怠い暑さの裏返しでもある。朝がさわやかなだけに、ソットは午後の西日を思いぞっとする。

 懸命に歩いたので、3つ目の街には予想していたより早く着いた。ここでソットは迷う。この街で昼飯は早すぎるし、もともと朝発つ前に買ったパンとチーズをどこかの木陰で食べるつもりだったので、もとよりここで食事にするつまりはないのだが、この街を過ぎるともう国境を越えるまで何かを買うような場所はないかもしれない、と思うのだ。とにかく水は買っておかなければならないだろう。パンは...夕方になってお腹がすいたら、とは思うが、実はお金があまり残っていないのだ。そのことが気になって仕方がない。まぁ、どっちにしても今日中に越えられなければならないのだから、と道端の蛇口で水筒を一杯にし、更に水を買って先を急ぐことにする。

 「あぁ、あっち側に行くのかい?」と雑貨屋のオヤジが話しかけてくる。「一本道だって聞いた来たろ、西に向かって一直線だって。でも、その道は今は使えないよ。一昨日山のあっち側で戦闘があって、西にまっすぐ行くルートは使えなくなったらしい。一回南に迂回してもう1つの道から山を越えるしかないよ。なぁに、ちょっと回り道にはなるが、今から急げば何とか行けるんじゃないかな。何も今日中に行けなくとも、南の道を行けばもう1つ小さな街があるから、そこで泊まって、明日にでも越えれば良いよ。国境は逃げやしないさ。」

 アクシデントはつきものだ。しかし、意外だな、と思う。ソットはこの3日の間軍隊を見ていない。山の向こう側で戦闘した部隊はどこを通ってあの山のところまで行ったのか? どうやら今日中に国境が越えられるか怪しくなって来たけれど、いずれにせよ前に進むしかないことは確かだった。もうホテルに一泊するだけのお金は持っていないから、最悪、夜通し歩いて国境を越えよう、と覚悟を決める。

 昼飯は歩きながらとった。周りの風景などほとんど目に入らない。時々右手の白い山を睨みつつ、黙々と歩く。街を出てからやがて正面にやってきた太陽は、どんどんと右に向かって降りてくる。これからが大変だ。西日はこれからどんどんキツくなるだろう。昨日は頭痛を言い訳に早めに切り上げたが、今日はそういう訳にはいかない。昨日のようにちんたらしていたらダメだ、と自分に言い聞かせる。ここが正念場だと。

 汗をかいては水を飲み、水を飲んでは汗をかいて歩き続ける。流石に足取りは重くなる。と、水を全部飲んでしまったことに気がついた。あと街までどのくらいの距離があるのかまったく分からない。とにかく歩き続けるしかないだろう。右手をかざしてみる。あの太陽さえ隠れてくれれば楽なのだが、空には雲一つない。太陽が低くなればなるほど日差しがキツくなるような感じがするのは何故なのだろうか? そんなことを考えている時に、太陽が山の陰に入った。

 前方に街が見えてきた。

 街で水を買って、とにかく先を急ぐことにする。お金が尽きた以上、街に留まる理由はない。早く山を越えたい。そう思いながら街を出た瞬間、少しばかり後悔した。日陰に入って急に肌寒くなってきたし、お腹がとてもすいていることに気がついたのだ。

 小さな岡を越えると、小屋があった。おいしそうな匂いはそこから流れてきているのだった。ハンバーガーを売っている店だった。ポテトを揚げる匂いと肉を焼く匂いと、それからスパイスの匂いが鼻に飛び込んでくる。ソットはもうたまらなかった。ここ数日パンとチーズと水だけで、暖かいものは口にしていなかった。ただでさえ歩き通しで、しかも今日は午後の長い時間西日に炙られて、汗はかいたし、疲れているし、喉はからからだし。ポケットの中に手を突っ込んで、一番安いメニューの値段を確かめてみると、ぎりぎりで足りる。これを食べてしまえば、文無しだけど、これをエネルギーにして、今晩国境を越えれば、もうそこはソットの民族の土地だ。難民申請をすれば、何とかなるだろう。

 ソットはふらふらっと店に入り、ハンバーガーを注文していた。

 「あっち側に行くつもりなのかい?これから」と店のオヤジさんが聞いてくる。「だったら、もうやめた方が良いよ、今晩は」突然のことでソットはしどろもどろになる。「まぁ、事情があるのは分かるけれどね、みんなそれぞれ事情があるものだから」オヤジさんの話し方は妙に淡々としている。ソットの反応を計りつつ、結局はソットの事情なんか無視するような言い方だ。

 ソットは彼に背を向けるようにテーブルについた。「まぁ、これでも食べろ」それでも話しかけてくる。一人の若者がパンに肉とレタスとトマトとそれから一杯のポテトフライが詰まったバーガーと飲み物を持ってくる。うまい、と思う。「あのな」背中から声が降ってくる。「前は、国境越えたところに街があったんだけどな、戦闘があって、破壊されて、もぬけの殻だ」そこで声は止まる。

 ソットは油がジュウジュウいっているポテトを甘い炭酸水で流し込む。そしてまたバーカーをかぶりつくと、トマトの冷たい果肉が歯に当たり、次の瞬間熱い肉汁が下の上に広がる。とにかくすべてはこのバーガー食べ終えてからだ。むさぼるようにバーガーをたいらげて、最後に残った炭酸水を一気にあおる。ようやくひと心地着いた気がする。やはり人間は暖かい食べ物が大切だな、と思う。でも長居は無用だ、とソットは思い、席を立ち、ポケットの中の小銭をまさぐる。

 「お代を」確か、ギリギリあった筈だ。

 オヤジさんがまたゆっくりとした口調で話し始める。「国境を越えても、何もないぞ。草原が広がってる。夜に山を越えるだけでも大変なのに、越えたところで、次の街があるのは草原の向こうだ。まだまだ歩かなきゃいけないぞ。地雷だってあるかも知れない。そんな中を暗闇の中歩くのは大変だ。」「でも、他に行くところもないですから。」しばらくの沈黙のあとで「これ、偽金な。受けとれない」とソットがカウンターの上に並べた硬貨のうち、一番大きなやつを人差し指でソットの方に押し戻す。あぁ、こいつはパンとチーズを買った時、お札を出してお釣りとしてもらった中に入っていたヤツに違いない、それとも水を買ったときだろうか? でも、どうすれば...ソットはしばし途方に暮れる。

 「ご免なさい、これが有り金全部なんです。ご免なさい。どうもすいません。」もう、どうにでもなれと思う。どうせ、お金も尽きたし、知り合いも家族もいない。警察に捕まるなら、もう、それはそれで仕方がない。

 「お前さん、身寄りは?」「いません。妹がいたんですが、はぐれちゃって、今は生きているかどうかも...」ちょっと間が空いて、相変わらず淡々と言葉を継ぐ。「なぁ、ここで住み込みで働かないか?」まったく予想していなかった申し出だ。ソットは言葉を失う。「どうせ、国境越えても誰も頼るヤツなんかいやしないんだろ。だったら、ここにいろよ。確かにここは君から見れば敵方の民族の土地だ。でも、ここは街中じゃない。ここで暮らして、名前さえ名乗らなければ、君の素性がバレることもない。」ソットは呆然と立ち尽くす。正直、何と答えて良いか分からない。「おい」オヤジさんがソットの頭越しに声をかける。「面倒をみてやれな」ソットは何とか声を振り絞る。「ありがとう御座います」そしてしばらく頭を下げたまま、じっとしていた。

 「オレのことはキンと呼んでくれ」さっき、ソットにバーガーを持って来た若者が声をかけてくる。キンとは第三の民族の言葉でアニキの意味だ。確かに、ソットより年上だろう。「詳しいことは、また、明日だ。今日はもう寝ろ。疲れてんだろ」オヤジさんはそう言って、奥へ引っ込んでいった。

 


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