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間抜けなソットの幸せな一生 20 [物語]

 下りは意外に疲れるものなのだ。上りが続く時は、下り坂にさしかかるとほっとするものだが、ずっと下り坂が続くのは正直しんどい。膝ががくがくするし、なんだか同じ筋肉しか使っていない気がして気持ちまでだるくなる。更に、足を地面に着いた時の振動が、踵から後頭部に響いて来るのだから、疲れは痛みと相まって加速度的にのそっとのしかかってくる。小休止を取ったところで、水筒の水が切れているという事実を思い知らされるだけなので、余計疲れる気がするのだ。だからソットは休憩も取らず一心不乱に歩き続ける。頭の痛いのはとれないが、なんだか痛みを感じる感覚も麻痺して来た気がして、正直、危険かな、と思う。深い傷をおった時、痛みがしなくなるのは末期的症状だから気をつけないといけない、と昔父さんから教わったことをふと思い出す。だから、本当は、歩くのをやめて休まないといけないのかも知れないのだが、とにかくソットは早く水が飲みたくて、どんどんと歩いていく。

 だんだんと草木の背丈が高くなっていく。岡の上の方は、地面にへばりつくように生えている緑しかなかったのに、やがて膝くらいまでの茂みになったかと思うと、今では頭の高さの木も珍しくない。それまでは遠くの方に見えていた次の街が、茂みの中に完全に隠れ、もうあとどのくらい歩けば良いのか分からなくなった。ただ、段々と近づいてきているのは明らかだ。

 と、鬱蒼とした茂みを抜けた時だった。ソットの背丈をはるかに越える木々の茂みを抜けて、角を曲がると、道の向うに街が見えてきた。ソットはとにかくほっとして歩みを早める。そう言えば、いつの間にか、下り坂は平坦な道に変っている。

 ちょうど良い具合に、街の入り口に屋台があって、飲み物やら軽食を売っている。とりあえず水、と思う。少々高いが、とにかく早く水を飲みたい。あいにくポケットの小銭では足りなくて、紙幣を出して、お釣りを貰うことにする。残りのお金を考えると紙幣を出すのには勇気がいるが、少しでも早く水を口にしたいという欲望には逆らえない。

 水を飲み一息つくと、急に頭痛のことを思い出した。あたりを見回し急いでベンチを探す。うろうろ歩き回ってやっとのことで見つけると、そこにへたり込んだ。次の街まではそれほど遠くはないが、今日は限界だと思った。それに日も暮れかけている。今日はこの街に一泊しよう。ソットはそう決めて、ベンチに横になった。

 「もし、あなた」ソットがうとうとしかかった時、声がする。急いで起き上がり、寝ぼけた眼で必死にあたりを見回すと、男がいる。「ここで寝るのはやめた方が良いと思うんですが...」ソットが答える間もなく、男はソットの隣に滑り込み、ソットの寝ぼけた頭に合わせるようにゆっくりと続ける。「最近、旅人が増えましてね、鉄道がこの先で閉鎖されたせいなんですね。交通網が止まっちまったんた、でも、やはりあちらの地域との行ったり来たりは必要なんでしょうなぁ。この街を通るんですよ、たくさんの人がね。この道がなんだか主要幹線になったみたいで。で、このへんぴな街にたくさんの人が来るようになった。この街の人間は慣れていないんですよ、よそ者が自分の街に溢れかえっている状態に。閉鎖的なんですよ、この街の人間は。騒がしくなったとか、汚くなったとか、何かと旅人を悪く言って、目の敵にする。でだ、このベンチで夜を明かそうと思っているなら、やめなさい。夜中に何をされるか分からない。」

 寝ぼけ眼のソットでも、要するに、ここで寝るな、と言われているのは分かった。身ぐるみはがれるほどの金は持ち合わせていないが、まったくないとなると、食事に困ってしまう。何よりも殴られて、怪我するのは堪らない。

 男は続ける。「安くても、どこかホテルに泊まってくれると助かるんですが」

 「でも、あなたは何故僕にそんなことを言ってくれるんですか?」

 「私はね、旅人が増えたのを歓迎している側だからね。うちは店をやっているんだ。人の行き来が増えて売り上げが上がったからね。私としては、この街が旅人に冷たい街とか噂が立つと、まぁ、悲しいんだよね。」

 「どこか安いホテルご存知ですか?」とソットは聞いてみる。

 「まぁ、どこも似たり寄ったりだけど、この通り沿いは若干高めかな。あそこ見えるかな? 薬屋の看板があるでしょう。あそこの角を曲がったあたりに割と安いホテルが幾つかあるよ。」

 「ありがとう御座いました。」

 ソットはとにかく今日のところは早く休みたかった。金はそれほど残っているほどではなかったが、今日ホテルに泊まって、何か食べ物を買うくらいはあるだろう。とりあえず礼を言って、ソットはベンチを立った。

 教えてもらった通り、薬局の看板の角を曲がると、確かにホテルはあったが、幾つもではなく一つしかなかった。とりあえず、表の料金表を見ると、確かに良心的である。これなら一泊くらいなんとかなる、とソットは思った。後1日で何とか国境を越えなければ、とも。

 とりあえず、一泊分のお金を払い、部屋に案内してもらうと、やはり何か食べなきゃな、と思う。疲れたまま何も食べずに寝ると次の日の体力が心配だ。とにかく歩かなければならないのだから。ホテルの人に聞くと、すぐ前に雑貨屋さんがあると言う。パンとチーズでも買って、お腹に入れておこうと思う。

 店に入ると、さっきの男がいる。こちらを見て「いらっしゃい」と言いながら、にやっと笑う。あぁ、セールスだったかのか、と独りごちる。あのホテルにソットを泊まらせ、この店に、招き入れるための...そう思いかけて、ソットは首を振る。やめよう、さんざんな目にあって、疑い深くなっているのだ。だいたいあそこのベンチで寝込んで襲われた時のことを考えれば、やはり危険は避けた方が良いと思い直す。それにホテルの料金だって割と安い方だ。頭痛に悩まされているソットにとって、これがベストの選択だし、他に方法はなかったのだ。

 パンとチーズを手にとって、レジに置く。そうだ、水も!と思って、タナに手をやりながら、はたと思う、水はホテルの水道にしよう、と。無駄遣いが出来る身分ではない。と、タナに並んでいる水の値段を見て、ギョッとする。さっき村の入り口で買った同じボトルが5分の一の値段で置いてある。あの出店は、旅人が山から下りて疲れ切っているのを見越して、ぼったくっていたのだ。それを思うと、急に、この店のオヤジがとても良心的に見えてきた。ソットは疲れ切った表情ながら、何とか笑みを浮かべ、一言お礼を言って店を出た。


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