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間抜けなソットの幸せな一生 19 [物語]

 一番近い州境は西だが、駅員は北東に行くことを勧めてくれた。

 「西に行けば、すぐに国境は越えられるんだけどな、そこは平原でな、越えてからが大変だ。一番近くの町に行くのにも5日はかかる。昔は鉄道があったんだけど、今は止まっちまっていてな、この駅が終点だ。その点、北東に行けば、2日から3日かかるけど州境を越えるとすぐ町がある。ただ、問題は山岳地帯でな、山を降りればすぐそこは町なんだけど、その前に山を越えなければならない。」

 「山ってそんなにキツいんですか?」

 「それほど高くはないらしいんだが、道がどうもくねくねしていて面倒らしい...」

 「らしいって?」

 「オレは行ったことないから...ただ、人の行き来は多いよ。だって、ここいらは戦闘地域からちょっとはずれているだろ。鉄道は流石に止まったけど、まぁ、いろいろ行ったり来たりする必要はあって、だから、みんなこの道を使うのよ。」

 「はぁ...」

 「でな、この道を行くには3つ町を通らなけりゃならない。ほれ、ここに町の名前をメモしておいた。これ以外の町に着いたら、道を間違えたと思って、人に聞くんだな。」ここいらは割と第3の民族の勢力が強い。地名も第3の民族の言葉に因んだものが多く、ソットたちの民族や第2の民族の人々には少し覚えづらい。

 「ありがとう御座います。でも...」

 「何だい?」

 「どうしてあなたはそんなに親切にしてくれるんですか?」

 「まぁオレは、役人だから。公共サービスがオレの仕事だろ。オレは別に君の民族が憎いわけじゃないし、個人的に君に怨みがあるわけでなし。君がここに住んで面倒を起こさない限りはね...それにここは暇でな。」

 親切は嬉しいが、ソットはどうもこの男が好きになれなかった。

 「どうもありがとう御座いました。」

 「まぁ、待ちな、その水筒に水を入れてやろう。」

 「あ、どうも」

 「どうだい、頭が痛いだろ。睡眠薬を飲まされたんだから当たり前さ。で、治すには水をがぶがぶ飲んで、ションベンで薬を流しちまうしかない。まぁ、幸運を祈っているよ。」

 ソットはそこそこにお礼を言って、駅舎を後にした。とりあえず、持ち物は水筒だけだ。それと、ポケットの中の小銭と靴下に挟んだお金は無事だった。しかし、泣いても笑っても、ソットの財産はもうそれだけだ。贅沢はできない。贅沢どころか、おそらく、あと3日もつかどうか? 州境を越えれば...州境を越えさえすれば、難民キャンプがある筈だ、とソットは必死で呟く。ソットは今まで「敵方」の民族の難民キャンプしか見たことはなかったが、そこでは命からがら逃げて来た人々が収容され、とりあえずの衣食住は与えられていた。多国籍軍の介入以降ソットたちの民族は劣勢だが、それでもソットたちの民族はこの地域で一番お金を持っていることも確かだった。今はそこに行くことしか考えられない。

 例の駅員によれば、とにかく西に行けば良いとのことだった。駅の前の街道を西に行き、後は一本道だと。街道と言っても、車がぎりぎりですれ違うことの出来る程度のものだ。で、この街を出て最初の岡を越えれば、白い山が見えてくる。後はその白い山を目指して行けば、多少道に迷っても何とか辿り着けるだろう、とのことだった。

 その山のことは聞いたことがある。二つの民族の境界の山として国中で知られていた。

 昔話では、鬼が棲む山、と言われていたり、山中で旅人が茶屋に入ると薬で眠らされ金品を奪われ肉は喰われてしまう、という言い伝えが残っていたりする。でも、そんな話は父さんから聞いたものだった。学校では、この山は平和のシンボルとして教えられていたのだ。実際、学校には国民的芸術家が描いた絵がそこら中に飾ってあった。父さんはよく言っていたものだ。

 「とにかく悪いイメージを消したかったんだな。で、二つの民族の間にあって、互いが互いに恐れていた、そんな時代の産物だから。とにかく悪いイメージの上に友愛のメッセージを塗りたくって、国家統一のシンボルにしたかったんだろうよ。オレは、悪いことはじゃないと思う。」

 岡を登ると、白い山肌が見えた。これがそうか、ソットは1人呟く。感慨に耽りつつも、後頭部の鈍い痛みがすぐにソットを現実に引き戻す。それほど高い岡でもないのに、ソットはヘトヘトだった。水筒の残った水を一気に飲み干す。体のどこかに痛みを抱えていると、すぐに疲れてしまうものだな、と思う。「睡眠薬飲まされたんだから...」とさっきの駅員の声が頭の中にガンガン響く。それほど水をぶがぶ飲んだつもりはなかったが、水筒はもう空だった。どこか泉でも、と思ったのだが、ここは乾燥した土地だと聞いたことがある。結局、小川の一つにも出くわさなかった。これで下りは水なしか、とソットは呟く。早く次の街に行かないとたまらないな、と思う。


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