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Un DERRIDA [文学について]

Jacques DERRIDA, philosophe, né en Algérie, sorti de l'Ecole normale supérieure. A la suite d'un grand succès en France et aux États-Unis, sa réputation est arrivée au Japon ; à partir des années 70, maintenant toujours, sa philosophie est à la mode parmi les chercheurs japonais francophones.


 


Pourquoi ? C'est très simple. Car il répète de critiquer sévèrement l'euro-centrisme.


 


Pendant ces 100 ans, le Japon a eu un complexe d'infériorité contre l'Europe. Bien entendu, nous en avions eu, peut-on-dire, contre la Chine jusque-là et avons trouvé un autre but ? Soit, à partir de l'époque de MEIJI, avons-nous une mauvaise obsession contre l'Europe qui a accablé la Chine avec une grande force militaire : nous aussi, sera-t-on envahi par l'Europe un autre jour ? 


 


Des japonais ayant une aspiration vers l'ouest ont réussi à y débarquer ; par ailleurs, la plupart d'eux en est arrivée à aggraver son complexe en se retrouvant incapable de devenir vrais européens. Puis, des intellectuels qui, tout en y vivant, voulaient s'en tenir à re-découvrir notre culture traditionnelle, ils ont fait sombrer leur complexe dans le silence, dans la mesure où ils ne sont pas arrivés à détoxiquer une Europe nous hantant qui avait été postulée en tant qu'une partie d'un binôme dont l'autre partie était la tradition japonaise.


 


Donc, il n'est pas difficile à comprendre : bien que son origine marginale, après un grand succès de ses études dans les grandes écoles, Jacques DERRIDA, répétant de critiquer un orgueil de l'euro-centrisme, est devenu un héros parmi les chercheurs japonais. Car son discours console délibérément notre coeur blessé, qui arrive dés lors à avoir une catharsis suave.


 


J'avoue : en fait, je respecte DERRIDA, et suis influencé par lui. Mais, c'est un secret, au moins au Japon.


 


Pourquoi ? Parce qu'au nom d'une minorité qui proteste le pouvoir, ce que l'on appelle DERRIDA fonctionne un centre puissant. Nous, la plupart de chercheurs japonais francophones, d'abord on a un complexe contre l'Europe ; ensuite, on se plaint d'être mal traité par rapport aux chercheurs de la science, de l'économie ou de la jurisprudence, etc. : c'est-à-dire, on est complexé au double sens. Enfin, on en arrive à être fier que nos comportements académiques soient avant-gardes, sous prétexte de nos positions marginales. S'il agit, pourtant, de l'intérieur de la "Société Japonaise de Langue et Littérature Françaises", existe un centre où de l'argent et du pouvoir agissent en tant que tels. Mais, Il n'est pas du tout étonnant qu'un professeur ayant du pouvoir qui est fier de sa marginalité sans prendre conscience de son statut, il nous embête, les jeunes chercheurs étant contraint de rester encore marginals. Un DERRIDA qui fonctionne comme centre, même s'il s'agisse de ce philosophe lui-même, notre intention de s'en éloigner implique-t-elle que nous avons l'esprit tordu ? Non, peut-être. 


 


Autrefois, j'assistais à un séminaire de la sociologie de l'ethnicité pour des étudiants en 3ème cycle au Japon. Il y avait deux chercheurs qui étudiaient sur Okinawa, une île au Japon, dont le peuple est considéré comme une minorité. L'un est de souche d'Okinawa, l'autre, japonais. Le discours de ce dernier nous irritait souvent : "Les gens d'Okinawa sont pauvres, car ils sont objet de la discrimination" ; "Nous japonais ont fait très mal avec Okinawa." etc.. Il est sûr qu'il n'avait pas complètement tort. Cependant, ce qui est juste au point d'être trop juste n'est pas toujours juste. Chaque fois que ce japonais énonçait cette sorte d'opinion, le premier  lui a protesté opiniâtrement : "Je suis fier d'être né en Okinawa, mais jusqu'à maintenant je me suis dit mille fois que si j'étais japonais, je n'aurais pas de la peine à cause de la discrimination !!" Ce discours n'était pas académique, plutôt émotif. Enfin, il a conclut à l'air triste : "Un être humain qui ne connaît qu'un bonheur d'être la majorité n'arrive jamais à comprendre cette douleur." Bien entendu, nous savions : cet énoncé peut tomber dans un racisme rétréci. Néanmoins, nous savons aussi l'existence d'un moment où nous ne pouvons pas résister à crier ces mots forcément ou inévitablement.


 


En principe, nous ne sommes pas conscients d'un privilège dont nous jouissons ; nous le considérons comme droit juste. Par ailleurs, quand ce privilège fonctionne dans une société, celui-ci devient tout à fait ce que l'on appelle Idéologie. Par nature, une idéologie qui fonctionne est parfaitement transparente, si bien que l'on n'en est pas conscient.


 


Moi, bien que j'aie un certain respect pour lui, je voudrais quand même garder une distance avec un DERRIDA qui dégénère en idéologie.


田中佳佑氏,「人文主義の範型としての詩的神学:ルネサンス期の寓喩観とその歴史的特性」を読んで [文学について]

田中佳佑氏,「人文主義の範型としての詩的神学:ルネサンス期の寓喩観とその歴史的特性」,『美学』243号(2013年)読了。

17世紀フランスの新旧論争に繋がる論点が丁寧に解説されており、非常に勉強になった。

私の博論は、19世紀末の詩人ステファヌ・マラルメの詩論においては音楽がアレゴリーの機能を帯びているという論を展開した。というわけで、アレゴリーは私の研究にとって重要なキーワードなのだ。

舞台芸術文学と音楽の双方から見る場合、そこで中核となる概念がアレゴリーになるのではないか、と考えているのである。

その私にとって、ルネサンスを専門領域とする方の論文は非常に参考になった。

ただ、一つ、衝撃のフレーズがあったのでそれを記しておきたい。

「確かに聖餐の秘蹟におけるパンと葡萄酒はキリストという実体を表す可感的形象であり、寓喩[アレゴリー] を成すと言える。それだけに、秘蹟と古代秘儀との同源性への言及は、間接的にもせよ公式の信仰を脅かすに十分な見解であった。」(p.40.)

聖体拝領のパンがキリストのアレゴリーである、という見解は決して「間接的」ではなく、直接的に「公式の信仰を脅かす」ものだと思う。

そもそも聖体拝領のパンは決してアレゴリーではない。パンが聖体拝領を通して、キリストの身体そのものになる、というのがキリスト教の根本思想なのだ。少なくとも、私はそう学んだし、その理解に基づいてマラルメの典礼論を論じている。

アレゴリーとは何かの代理であり二次的なものにしか過ぎないのに対し、聖餐たるパンは決してそのような代理ではなく、実体そのものである、という理解だ。

だが、ルネサンス期に、アレゴリーを一次的な実体そのものに繋げて考えるという思想が発生したのなら、これほど興味深いことはない。

元来、キリスト教徒にとって、聖書に書かれている内容は、歴史的事実である。対して、神話=mythe/fableは、語源から言って虚構=fictionなのであり、つまりギリシアなどの異教の神々を主役にした作り話に過ぎない。例えば、イエスは過去に実在した人物であるのに対し、ゼウスやアポロは古代ギリシア人が想像力の中で作り出した架空の神々というわけだ。

このような神話と聖書の関係は、キリスト教の歴史において非常に重要なものであると言える。そして現在文学と呼ばれる作品群は、神話=フィクションの系譜の上に存在していることになる。

ここで、「文学」という用語が現在のような意味を獲得したのがここ100年ちょっとのことであり、それ以前においては「詩」という総称のもと「神話=フィクション」が紡がれていたということを思い出しておきたい。

であれば、田中氏のアレゴリーの議論が「詩的神学theologia poetica」という言葉に収斂していくのは極めて自然のことである。元来、作り話を語るためのものである詩で、神と真理を語るのは不敬だとされていたのである。対して、もし本来はオリジナルに対して二次的な位置しか占めない代理物であったアレゴリーがオリジナルと繋がっていると考えて良いのなら、架空の物語が真実へと繋がっていてもおかしくないことになる。

このように、古代ギリシア・ローマの学芸をキリスト教思想とごちゃまぜにしたルネサンス期において、アレゴリーの名の下に架空の話を通して真理へと到達することが出来る、と考えられるようになった、という具合に理解すれば、その後の学芸の発展の歩みがすっきりと理解できるようになる。

例えば、17世紀フランスの新旧論争においては、「キリスト教叙事詩は可能か?」、つまり叙事詩という神話=フィクションを語る分野で、神のことを語って良いのか?という論争が巻き起こることになることを言い添えておく。

まさに田中氏の論文は知的刺激に満ちたものであった。


助川幸逸郎著、『謎の村上春樹』を読んで [文学について]

 Webでの連載がいまいちだったのであまり期待していなかったのだが、予想に反してとても面白かった。助川大先生申しわけありません。

 いろいろ議論は尽きないが、特に気になった論点を一つだけ採上げてみよう。

 助川氏は「純文学」を、夏目漱石などの「本格小説」や田山花袋などの「私小説」に分類した上で、村上春樹の小説をそのような従来のタイプには属さない「体験型アミューズメント」型の作品であると見なす。つまり、村上春樹はもはや純文学ではなく、むしろ娯楽的な側面の強い作家ということになるだろう。

 見事な分析である。しかし、私は「体験型アミューズメント」型と見なすことのできる詩人を思い起こす。19世紀末フランスの詩人ステファヌ・マラルメである。

 マラルメの詩は難解であるとされる。それは読み手の解釈次第で様々な読みが出来るように、重層的に意味が織り込まれているからなのである。そこで文言の奥底に潜んでいると思われる作者の意図を読み解くという行為はほとんど意味をなさない。何故なら、詩という文学の場で読者に自由な読みを展開させていくことこそがマラルメの意図だからである。

 となれば、マラルメも村上春樹と同じ「体験型アミューズメント」型の作家ということになろう。

 しかし文学史の世界でマラルメは<純粋>を追求した詩人として知られている。それは20世紀に入って<純粋詩>と呼ばれたり、あるいは、特に弟子のヴァレリーによって<絶対詩>と呼ばれることとなった。また、アンドレ・ジードの<純粋小説>も当然その延長にあると言って良いだろう。

 つまり、村上春樹は、<純文学>の枠に当てはめることのできない「体験型アミューズメント」であるところに特徴がある、と助川氏は分析しているわけだが、その<純文学>の源流には、実は「体験型アミューズメント」型の詩がある、ということだ。


マラルメと音楽 [文学について]

この度、単著を出しました。

フランス文学研究史上初めて、ハンスリックの「絶対音楽」を俎上にあげた論考です。

また「フランス語は音楽のように美しい言葉である」いうクリシェに対する疑念を喚起しています。
フランス語が美しいというのは、ナショナリズムに過ぎないと思うのです。

19世紀末、すべての芸術は音楽に憧れる、と言われるように
音楽こそが理想の芸術であるとされました。

それは何より、「音楽は表象を超える芸術」だと思われていたからです。
つまり、抽象的な芸術のエッセンスが音楽に凝縮していると思われていたのです。

そして詩人マラルメはこの意味で「音楽のような詩」を書くことによって
20世紀の前衛芸術の先駆けになったとされています。
例えば、抽象画を思い起こしてみてください。

しかし、マラルメ以降の芸術論において「音楽は重要である」
ということは言われるものの、誰もその「音楽」がどのようなもので
あったかについてはきちんと定義しておりませんでした。

そこで私はハンスリックというオーストリアの音楽学者の「絶対音楽」の理念を
導入することによってこの「音楽」の定義をすることからマラルメの詩学を
読み解きました。

実は、フランスという国は現在に至るまで、ドイツ語圏や英米圏の音楽学では
有名であるこのハンスリックの「絶対音楽」の理念を無視しているのです。

何故ならば、「絶対音楽」の理念とは音楽こそが至高の芸術であり、そこに詩=言葉の芸術が
付け加わった場合、芸術の質を落としてしまうという思想だからなのです。
その思想圏内では、詩人は永遠に音楽家の下位に甘んじなければならないことになります。
更に言えば、フランスはドイツの下位に甘んじなければならなくなる、とも言えましょう。

あるいは、ハンスリックの「絶対音楽」を導入すれば、「マラルメが音楽に憧れ
音楽のような詩を書こうとした」、という今までのフランス文学史の常識が
ひっくり返ることにもなりかねません。音楽は詩の権威を脅かすものなのです。

対して、私はハンスリックの音楽美学とマラルメの詩学を対比することによって
マラルメは決して「音楽のような詩を書こうとした」のではなく、「音楽を否定し乗り越えた」地点に
独自の詩学を構築したのだ、という論を展開しました。

これは、「フランス語は音楽のように美しい言葉である」というフランス・ナショナリズムを
支えてきた常識をも突き崩すテーゼであります。

私自身フランス文学研究者ではありますが、この研究の目的は文学の世界における
フランス・ナショナリズムを相対化することにあります。

是非、お手に取って頂ければ幸いです。



内田樹氏のどこがだめなのか [文学について]

「政治の美学化」と「美学の政治性」という2つの概念がある。

「政治の美学化」とは、政治的な議論を正しいか正しくないかではなく、美しいか美しくないかに置き換えてしまうこと。

「美学の政治性」とは美しいか美しくないかがいかに政治に作用してしまうか、という問題系のこと。

僕らよりの上の世代の仏文研究者には「政治の美学化」を好むものが多い。積極的に政治を語り、文学理論や所謂現代思想を応用することによって現状を分析し、自らの政治的前衛を誇るのである。その分析は面白いのだが、では具体的にどうすれば良いか、と問うと「現実を見ろ、という場合、この現実とはイデオロギーにしかすぎない」とか「直接行動を説く欺瞞性を弾劾しなければならない」とか「何もしないことが一番過激な政治運動なんだ」とか「具体的な政策を考えるのは政治家や官僚の仕事だ」などと言って、はぐらかす。

結局は、政治的発言を行なうことで格好つけているだけ、と言ってしまえば言い過ぎだろうか? 格好よい自分が好きなだけで、何ら具体的な提言など端からするつもりがないのだ。

その代表格が、内田樹氏ということになるだろう。最近の彼の議論は「日本は文化的に鎖国すれば良い」というテーゼに集約してしまう。これは、現在のままでの繁栄を享受し続けたい人達には心地よく響くのだから、彼が人気があるのはよく分かる。

しかし、それでは立ちいかないことを氏は気付いていないのだろうか? 気付いていないとすればただの馬鹿だし、気付いているとすれば、自分の人気取りのために無責任なことを言う悪い人である。

「学校の授業なんて、たるいよな」と授業中は寝てばかりいるが、その実、家ではガリ勉していて成績は常にトップクラス、という類の嫌なヤツだとも言えよう。

だいたい専門領域が現代思想というならば、資本主義の行き詰まった現状に関する今現在のフランスの動向を伝えなければ、仏文学者としては失格以外の何ものでもない。現代思想と言いながら、30年前の思想しか扱わないのでは明らかに不十分である。何より、氏が最近議論する公共政策に関しては、フランスでも様々な議論が展開されているのだ。氏はそれをご存じないのであろうか?それとも無視しているのであろうか?

高学歴者故の苦境

科学者会議の主催の「若手研究者の貧困問題」に関するシンポジウムの後日談。


先日、このシンポジウムの登壇者である非常勤組合委員長である松村さんに再会した。シンポジウム当日の後の打ち上げに私は出られなかったのだが、その席で私のことが話題になったと言う。大学教育を担っている高学歴者の多くが貧困に喘いでおり、ホームレス一歩手前、下手をすれば日比谷公園等の派遣村にお世話になることにもなりかねないという状況に「信じられない」「そんな筈がない」等の声が上がるのだと言う。当日私は発言し大学評価システムに関して解説をしたのだが、全大教の方が「黒木さんのような方がなんでそんな状況にいるんですか?」とおっしゃっていたと言う。「なんでこうなったか」は私の方が知りたい。

友人・知人と話していて、「私は負け犬である」とか「ホームレス寸前である」と言うと、「黒木ほどの人がそんなことある筈ないじゃん」とか「君みたいな優秀な人間がそういうことをいうと嫌みになるからやめなさい」と言って、私の現在の苦境をなかなか信じてくれないことが殆どである。しかし、現実に私の実情はホームレス三歩手前なのだ。今すぐというわけではないが、現在の高等教育を巡る様々な問題点が解決されなければ遅かれ早かれ現実のものとなるのは間違いない。

高学歴者であるがゆえに、現状を分かってもらいにくいという難しさがあることを改めて思い知らされた。

クリストフ・シャルルの講演会 [文学について]

クリストフ・シャルルが来日、「『大学の歴史』の著者がボードレールの捕らえた「モデルニテ」を大革命から現在にいたるまでの歴史のパースペクティヴのなかで語り直すまれな機会です」というので、行ってきた。


ボードレールの大専門家であった阿部良雄の弟子である私にとっては、シャルル氏のモデルニテの捉え方がいまいち安易すぎるように思えた。まぁ、阿部良雄に比肩する議論を期待するのは、所詮、無理、と言うことか、と思う。

では、どこか安易なのかと言うと、古代からモダンへの進化=発展、という線的な歴史の捉え方である。「モデルニテ」の問題系はそんなに単純ではなかろう、と。

だが、それはひとまず横に置いておいて、それ以上に疑問に感じることがあった。

モデルニテの歴史を、西洋それもフランスのケースだけを俎上に上げて論じているに過ぎない、という問題である。

モデルニテは明らかに、西洋で発生したものの考え方である。そこには「過去」からモダンという流れにおいて、確かな連続性があるだろう。しかし日本におけるモデルニテの軌跡は、過去との断絶において成り立っているということにことに関する意識がシャルル氏においてはまったく希薄だったのである。

西洋においても過去の伝統からの断絶から、モデルニテが生じたのは事実だろう。しかし、あくまでも西洋文化から西洋文化への発展であったわけである。対して、日本においてはそれまでの自国の文化に対して、西洋文化という異物を移植するという形で、モデルニテが成立したことに留意しなければならない。

何も、日本の伝統に基づいていないから、日本のモデルニテの受容は不可能だと言っているわけではない。ただし、西洋で発展したモデルニテを西洋の価値観の延長線上でしか理解しようとしないのであれば、それは普遍性を獲得するにはほど遠い、と言わざるを得ない。

そして、何よりも深刻なのは、シャルル氏が自身の立論の限界を意識していないことだ。つまり西洋以外での領域での議論の有効性についての議論の可能性をまったく感じていないことが最大の問題なのである。問題があること自体意識していないのならば、その問題を解くにはあまりにほど遠い。

西洋出身の知識人の限界が、その思考のフィールドを西洋以外に及ぼせないことにある、という例がまたもや繰り返されてしまった感は否めない。

まぁ、西洋史というフィールドに限って言えば、有益な議論であったのは確かだ。しかし如何せん、世界史という視点ではないと思う。

見直さずに投稿。

とあるバンドの来日公演の楽屋での話 [フランス音楽事情(MAGMA、ZAO等を中心に)]

某バンドの来日公演の話。

狭い楽屋にメンバーがぎゅうぎゅう詰めになって何を話しているのかと思いきや

エンタイ! エンタイ!!

との声。

一瞬何かと思ったが、

変態!!!!

と言いたいらしい(フランス語ではHは発音しない)。

何かと思って楽屋を覗くと、なんとエロ本を見ているではないか!!!しかも一冊はニューハーフ系、一冊はスカトロ系!!!

若手の1人は露骨に顔をしかめている。

「誰が買ったんだよ?」と聞いてみると

「オレたちじゃないよ、日本人の女性のファンの1人がプレゼントだって差し入れてくれたんだ」

だそうだ。

うーん、これで彼らの日本の印象はどう変わるのだろうか??

若手研究者問題を考える

シンポジウムやります。 

現在研究の世界は壊滅的な状況にあります。理系も文系もこのままでは、研究職自体が荒廃し、研究者の再生産はおぼつきません。 

研究の世界が没落すれば、当然、産業界も成り立ちません。現在は過去の遺産で凌いでいますが、10年後には確実に日本は没落します。 

入場無料ですので、興味のある方は是非ご来場ください。 
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